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最高裁判所第一小法廷 昭和27年(オ)290号 判決 1953年7月02日

東京都台東区龍泉寺町二九六番地 沼尻一郎方

上告人

宮本竹清

右訴訟代理人弁護士

美村貞夫

金沢市広坂通り石川県庁内

被上告人

石川県農業委員会

右代表者会長

柴野和喜夫

右当事者間の行政処分取消請求事件について、名古屋高等裁判所金沢支部が昭和二七年三月二五日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨は、違憲をいうが、実質は単なる法令違反の主張を出でないのであつて、「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和廿五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。(所論石川県農地委員会が七尾市東湊地区農地委員会の定めた農地売渡計画に対し与えた承認を取消す行為は、行政庁相互間の行為たるに止まり、本件土地の売渡を受けた上告人の権利義務に直接関係のある行為でなく、従つてこれに対しては訴訟を提起し得ないと解すべきであり、〔昭和二五年(オ)一六〇号、同二七年三月六日第一小法廷判決、判例集六巻三号三一三頁参照〕、この点に関する原審の判断は正当であつて、原判決には所論のごとき違法はない)

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

昭和二七年(オ)第二九〇号

上告人 宮本竹清

被上告人 石川県農業委員会

上告代理人美村貞夫の上告理由

第一点

原判決は、

「そこで、県農地委員会が市地区農地委員会の為した買収売渡計画に対し与えた承認を取消す行為が行政訴訟の対象となるべき行政処分であるかどうかを案ずるに、県農地委員会が市地区農地委員会の買収売渡計画に対し与える承認は、上級庁である県農地委員会に対しその樹立した農地の買収売渡計画を是認する旨の意思表示、即行政庁内部間の意思表示であり、これを取消す行為もまた右承認を取消す旨の行政庁内部間の意思表示に過ぎず、直接土地所有者、その他の第三者に対し具体的な法律上の效果を発生するものではないのである。

もつとも、成立に争のない甲第一号証によると、石川県農地委員会長より被控訴人(上告人)に対し右承認の取消があつた旨を通知しているが、かゝる事実は少しも右取消行為の法律上の性質に消長を及ぼすものでない。

又被控訴人は右甲第一号証を以つて裁判であると解し、控訴人(被上告人)もこれを認めているようであるが、いづれも前記取消行為の性質を誤解した結果であつてこのような見解は採るに足らない。

およそ行政訴訟の対象となるべき行政処分は、国民の権利義務に直接具体的な法律上の効果を及ぼすものでなけれはならないと解すべきであるから、右承認の取消行為は行政訴訟の対象とはならず、従つて被控訴人の請求は失当として棄却するの外はない」と判示した。

しかし乍ら行政訴訟の目的は違法の行政権の作用から国民の権利、人権の擁護する目的を有するのであつて、日本国民がかゝる違法の行政の作用から裁判所によつて保護せらるゝことは裁判所法第三条の定めるところであるばかりでなく、日本国憲法第八十一条の保障するところである。

原審は、被上告委員会の承認を取消す行為は、七尾市東湊地区農地委員会の買収計画に対する承認を取消す旨の行政庁内部間の意思表示にすきないから、それ自体は具体的な法律上の効果を発生しないから、行政訴訟の対象となるべき行政処分でないと判示した。

しかしこの被上告委員会の承認の取消という行為が、行政庁である被上告委員会の行政権の作用であることは疑のないところである。

元来私法上、「処分」という言葉は管理に対する観念とせられ、既存の権利、又はその客体について直接変動を生ぜしめることを意味するが、公法の関係に於いて行政処分というのは法規に対するものと観念せられ、法規や命令に属しない国家の一方的な意思表示、即ち法規を執行し、法規の範囲内に於ける自由行動を為すため国家機関である行政庁の「一方的な意思表示」と解釈されている。そしてその行政処分の種類として現存の法律現象とは別箇に新な現象を発生せしめる所謂形成処分の外に一定の状態の存在することを確認するに止まり、少くも外見上では法律の支配を受けつゝ現存する現象の外には新なる現象を発生することのない所謂確認処分もあるのである。(岩波版、法律学辞典行政行為参照)

従つて新なる法律上の効果を発生しないからといつて、それだけではそれか行政処分でないとすることのできないのである。

扨て自作農創設特別措置法第八条、第九条によると、市区農地委員会の農地買収計画もその上級行政庁である県農地委員会の承認を受けなければならないのであつて、この承認によつて初めて市区農地委員会の樹立した買収計画は確定するのであり、また買収計画が確定しなければ農地を買収することができぬのである。

従つてこの県農地委員会の市区農地委員会の農地買収計画を確定させる法律上の効果を生ずるものであつて、その承認の取消もまた買収計画の確定の効果を失はしめる効果のある行政作用である。

即ち換言すれは、市区農地委員会の買収計画の樹立という行政処分は先にのべた形成的行政処分であり、県農地委員会の承認は所謂確認的行政処分である。

本件についてこれをみるに、上告人は曩に為された七尾市東湊区農地委員会の買収計画並に之に対する被上告県農地委員会の承認によつて、買収されたる農地の売渡を受ける者として売渡令書の交付を受け、且つその代金を完全に支払つて所有権を取得した者である。

今、被告委員会の承認の取消によつて農地買収計画が取消され、上告人は曩に取得した本件第一、第二、第三目録記載の農地の所有権を剥奪されんとしている者である。

原審は、上告人の所有権を失ふに至るのは被上告県農地委員会の承認によつてではなくて七尾市東湊地区委員会の買収計画の取消によるものであるというのであらうが、しかし右地区委員会の買収計画の取消も確認的行政処分である被上告県農地委員会の承認の取消がない以上は最終的には確定しないのだから、被上告県農地委員会の承認の取消が買収計画の取消という法律上の効果を発生させる行政処分であることは疑のないところである。

原判決が、承認の取消は上級、下級行政庁間の意思表示で第三者に対し具体的な法律上の効果を発生しないから、行政訴訟の対象となる行政処分でないというのは現実に目を塞いだものというべく、全く理解に苦しまないわけにはいかない。

何となれば、行政庁である被上告県農地委員会の承認の取消という意思表示自体そのものが確認的な行政処分であり、この承認の取消が具体的に農地買収計画を確定の效力を失はせしめたこと、そしてこれによつて損害を蒙る上告人がこの行政処分の取消を求める利益を有することは明々白々のことであるからである。

このように考へれば、地区農地委員会の農地買収計画に対する県農地委員会の承認という行政行為は農地買収手続の中の一つの独立した行政処分であつて(昭和二十三年十月十六日農林省農地局長通達農局一七五七号参照)、これを取消す行為もまた承認が行政処分であると同様に買収計画確定の失はせる行政処分といわざるを得ないのである。

原判決のように、被上告県農地委員会の判示承認の取消が行政訴訟の対象となる行政処分でないとするのは、単に行政事件訴訟特例法及び裁判所法第三条の規定の解釈適用を誤つているばかりでなく憲法第八十一条に違反する裁判である。(広島地方裁判所昭和二三年(行)第三八号農地買収計画取消訴願棄却の裁決取消等請求事件、同年(行)第四九号農地買収計画決定承認取消請求事件昭和二六年六月一六日云渡月報第二二号一三六頁、大分地方裁判所昭和二三年(行)第一四号行政処分取消請求事件昭和二四年五月二七日云渡)

従つて、原判決は違憲の判決として既に破棄を免かれないものと思料する。

以上

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